三周忌
解散三年目にしてやっと封を開けたLIVE FOREVERのDVDを観て。
わたしのSyrup16gは昨日終わりました。
ありがとう、さようなら。
五十嵐の書く歌詞とちょっと高くてでも枯れたみたいな歌声が好きで、
吠えるたいこのエネルギッシュなドラムが好きで、
メロディに丁寧に織り込まれるマキリンのベースが好きで、
そして五十嵐のギターが奏でるメロディが大好きだった。
ラストライブはお葬式、お通夜、アンコールは延命措置。
映像を見ていて、どれも的を得た表現だなって思った。
わたしは行けなかったから想像するしかないんだけれど、
五十嵐は一曲一曲殺していく作業って表現していた最後のライブを
わたしがそこにいても、それを見守るみたいにただみているしか出来なくて、
拍手することで終わらないでくれって、
それはすばらしいものだったんだよって、言うしかなかったんだろうなぁって。
五十嵐が生んで、そして殺していった一曲一曲にわたしたちは思い出があって、
それはきっと変わらないことだけど、その思い出だって塗りつぶしていくみたいに変えていくことになるんだろう。
だから終わっていくのは変わっていくことだけど、生まれ変わっていくことかもしれない。
最後の曲は、Reborn。
Rebornはシロップが好きな人の中でも好きな人が多い曲だと認識している。
わたしは多分、ちゃんと人を愛してこなかったし、
愛された記憶もないからRebornの歌詞のすばらしさがわかってない。
でも多分誰かに愛されたいから、シロップを聴いてたんだろうな。
五十嵐の孤独は多分似てる。
五十嵐に似たんじゃなくて、生まれつき五十嵐にわたしが似てる。
だからあんなひねくれた歌詞で、シロップを勝手に一人で背負って、強がってた五十嵐と
ひねくれた詩を書いて、ひとりで立っているって勘違いして、矜持だけでいまここに立っているわたし。
そんな相似した孤独がわたしを形成する要素で、
シロップはわたしの一部でした。
ありがとう、さようなら。
わたしのSyrup16gは昨日終わりました。
終わったけれど、永遠だ。
わたしがわたしである限り、Syrup16gはSyrup16gで、
それはわたしだ。
